聖地巡礼パック旅行物語(その22)=女王カテリーナの続き

色々な駆け引きや葛藤の末に、キプロスの若き王様がやっと花嫁を迎え入れることになり、カテリーナは大船団と共に、キプロス入りをし、王妃の座に就いた。

ところが、頼りの若き王は1年もしないうちになくなり、 やがて一人で王子を産むことに。

そして、その王子もなくなり、カテリーナが女王となった。が、王妃を補佐する名目でやってきたヴェネツィアの行政補佐官らが居座って、王女の暮らしはひどい有様に。

「キプロス島民に対する全布告や賞罰など、彼らが作り王妃はサインするだけ。私生活でさえ、二人の召使いにかしずかれて自室で食事をするだけで、王妃としての公式の宴も持てず、ミサに行くための行列も整えられません。暮らしの費用にも事欠くのです。」と窮状をしたためた手紙が残っている。費用は改善されるが、男性に近づかせないよう見張る命令も出されていた。

反カテリーナ 反ヴェネツィアの反乱も起きたりするのだけど、ともかくキプロスを植民地にというヴェネツィアの強硬な力の前に、なすすべもありません。やがて王妃はキプロスを去ることになり、キプロスは完全にヴェネツィアの植民地になったのだ。

水爺さんの往路の記事「 閑話休題=クレタ、そして、キプロス」にもありますね。
キプロスが、どうしても欲しいベネチュアが策を弄して、キプロス国を分捕った。とhttp://homeken.sakura.ne.jp/travel2/virtual_travel/%E9%96%91%E8%A9%B1%E4%BC%91%E9%A1%8C%EF%BC%9D%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%BF%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E3%80%81%E3%82%AD%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B9/

ヴェネツィアへ戻ってきたカテリーナは、国賓として盛大な歓迎を受けた。領土を与えられ、年金も身分も保証され、華やかな最期までの21年間を送った。が、はじめから最後までヴェネツィアの国の都合に振り回された一生だった。

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