聖地巡礼パック旅行物語(その20)=当時のキプロスは?

サントブラスカさんが訪ねた時のキプロスの様子はどうだったんだろう。

ウィキペディアには


キプロスは1191年に十字軍の途上にこの島に立ち寄ったイングランド王リチャード1世によって征服され、フランク人(西ヨーロッパ人カトリック教徒)の支配するキプロス王国が建国される。
キプロス王国は1489年に相続者を欠いたことから断絶し、ヴェネツィア共和国がキプロスを植民地として手に入れた。
オスマン・ヴェネツィア戦争 (1570年 – 1573年)(英語版)では、1571年にオスマン帝国がヴェネツィアからキプロスを奪い、キプロス州(トルコ語版)(オスマン領キプロス)を置いた。


とあるので、
サントブラスカさんの旅は西暦1480年の事だから、
ヴェネツィアがまだキプロスを完全に植民地としていなかったことになる。

このあと彼は、ヴェネツィアから来たキプロスの女王カテリーナ・コルナーロとの接見を賜った
事になるので、いくつの時だったのかな? 興味津々
サントブラスカさん 36歳 カテリーナ・コルナーロは26歳
いい出会いだったと思いたい。

女王カテリーナは1473年に夫を亡くし、その翌年子供を無くして、自分が女王となったのが1474年 – 1489年だからサントブラスカさんとあったのは、ちょうど女王として君臨していた時になる。
あ、退任したその後にヴェネツィアの植民地になったわけだ。

残されている肖像画を子細に眺めたら、謎にぶち当たった。左の絵が88歳の時って、おかしい。
1474年に生まれて、1510年55歳で亡くなっているのだ。1500年だと45歳ってことだ。

Portrait_of_Caterina_Coronaro_1542_uffizi_florence_Titian

1542年に描かれた
88歳の時

Gentile_Bellini_002

1500年に描かれた
46歳の時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテリーナ・コルナーロの一生について
塩野七生さんの本「ルネサンスの女たち」に、4傑の一人として描かれている。
このカテリーナの話も紹介してみたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です