サンフランシスコの街(1)

by mizjiee

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 サンフランシスコは、ロサンゼルスと共にカリフォルニア経済、工業の中心地。
サンフランシスコの街の周辺の地図
 特に、金融センターとしては、アメリカ西海岸では随一の重要性を持っている。
 気候は地中海性気候に属し、一年中気温の差があまり無く、気候的にも住みやすい都市である。急な坂や深い霧に覆われる場合が多いことでも有名である。
 観光地としての評価も非常に高い都市であり、外国人のみならず、アメリカ人の間でも訪れたい都市の上位にランクされている。有名な観光スポットとしてゴールデンゲートブリッジ(金門橋)やフィッシャーマンズワーフ、ツインピークス等が挙げられる。市内を走る伝統あるケーブルカーも人気が高い。

 ツインピークスから眺めたサンフランシスコのダウンタウン
ツインピークスの位置は、サンフランシスコの街の周辺の地図をみてください。

サンフランシスコ

ゴールデン・ゲイト・ブリッジ↓

バート=BARTとはBay Area Rapid Transitの略称で、サンフランシスコ/ベイエリアの各地をつなぐ公営高速鉄道システム。
サンフランシスコ国際空港からサンフランシスコの街の中心まで(ユニオンスクエア=Powell St.の辺り)この電車、1本で行ける便利な乗り物。
ユニオンスクエアの位置は、サンフランシスコの街の周辺の地図をみてください。
右図は、バートの路線図。
切符の買い方がとても分かりにくい」らしいです。
米国のほかの公共交通機関の券売機とも、買い方が違う。BART独特のシステムなのです。
このため、米国人でもBARTの券売機の前で立ち往生している姿をときどき、見かけます。
路線図はありません。
それから、金額別のボタンはありません。
それで切符を購入しろというのがBARTの券売機インタフェースです。」
とあります。
我こそは、と自信のある方、サンフランシスコへ行って、挑戦してみては、如何でしょう?


左の写真は、カリフォルニア州立大学、バークレイ校の正門(UC,Berkley)。
スタンフォードと並んで、アメリカの西部地区の名門大学。
場所は、ベイブリッジを渡って、サンフランシスコの対岸。
ベイブリッジの位置は、サンフランシスコの街の周辺の地図をみてください。
サンフランシスコの中心街から、バートで、海底トンネルを通って、対岸に行けます。
三十数年前、バートに乗って、この大学を見学しに行きました。
が、切符を買うのに苦労した覚えはありません。=そのころは、路線も少なく、単純だったのかも知れません。

フィッシャーマンズ・ワーフ=「漁師の波止場」
サンフランシスコが大きな町になった時期以来の漁港で、様々な色に塗られた漁船が多数停泊し、獲れたばかりの魚やエビ・カニ類を水揚げする場所であった。
新鮮な魚介類、特にイチョウガニとクラムチャウダーをサワードウのパンの器に入れて提供するレストランや軽食店があり観光客で賑わっている。
フィッシャーマンズ・ワーフの位置は、サンフランシスコの街の周辺の地図をみてください。
初めてのサンフランシスコで、ここで、ペンチみたなものを持たされ、それで、カニのホネを割ってたべましたね。
外で、そのペンチを売ってましたが、日本では、それを使うには、相手のカニが高すぎて、買って帰っても、しょうがないと、あきらめたことを覚えてます。
サンフランシスコのチャイナタウンは、全米で、最大規模。
 知人から、ここの中華料理店で、中華料理をご馳走になったが、ごくごく普通の晩飯屋って感じの処だった。
 あの頃、チャイナタウンには、自警団があり、犯罪者を寄せつけないので、観光客や、一般人には、非常に安全な場所と云われていたが、今は、どうなんだろう?=普通の場所になってきていると聞いているが。
チャイナタウンの位置は、サンフランシスコの街の周辺の地図をみてください。

 「霧のサンフランシスコと云われるくらいに「霧」が有名です。
サンフランシスコの霧は、もっぱら夏に発生します。
 沖合をカリフォルニア海流という寒流が流れているため、その上に流れ込んだ暖かい空気が冷やされて霧が発生します。移流霧と呼ばれる種類の霧で、日本では夏に釧路など道東地域や東北太平洋側で発生するものと同じメカニズムです。
 この霧のせいで、気温はあまり上がりません。
8月の平均気温は、最高気温が20度くらい、最低気温は13度くらいです。(一方で、サンフランシスコから少し南や東に行くと夏の暑さになります。サンフランシスコは霧が少なくなる9月のほうが暑くなるそうです)
 以上、NHK エコチャンブログより。
AT&Tパーク=サンフランシスコ ジャイアンツのホーム球場。
右翼の場外ホームランがでると、球が、海にポチャンと飛び込む、あの球場。
AT&Tパークの位置は、サンフランシスコの街の周辺の地図をみてください。
 

Comment

  1. 権兵衛 より:

    76年秋から78年末まで、San Joseに住んでいましたが、一度だけBARTに乗りました。車でSan JoseからFremontまで車で行って、そこからSan FranciscoのCivic CenterだったかPowell St.まで。当時は路線はその一本だけでした。チケットは何だか駅そばの銀行で買ったような記憶があるが、怪しい。
    San Joseは盆地様の土地、夏暑く冬は寒い。一方San Franciscoは夏涼しく、冬はそれほど寒むない。古い写真でしか、見ることが出来ないですが、随分と変わったのでしょうね。

  2. 権兵衛 より:

    補遺ですみません。BARTは一本だけと書きましたが, Fremont-Daly City間でした。今や空港まで行ってるのですね。
    水爺さんは何時頃行かれたのでしょうか、私が行ったころは、日本人街はまあ安全だけど、中国人街は気をつけないと、危ないところがあるよと言われました。

    San Joseにも日本人街があって、豆腐屋さんが、子供のころに見たような作り方で作って売っていました。それが嬉しくってよく行きました。当時日本では豆腐は既にスーパーで買っていましたので。国宝という名の、超旨いカリフォルニア米がありました。高かったけど。

  3. mizjiee より:

     丁度、権兵衛さんがSan Joseに滞在されておられる頃です。(たしか、1978年)
     サンフランシスコで、会議があり、日本語で聞いてもよくわらん話を、英語で聞いてわかるはずがない」と会議の方はサボりまくり、UC,Berkleyを見学したり、サンフランシスコの街をふらふらしたりしてまして、会議の前後のテクニカル・ツアーだけは、フル参加。
     NASAの研究センターなどを見学。
     会議終了後、レンターカーを借りて、スタンフォード大学に友人を訪ね、そのまま、ロスまで、行きました。
     あまり、危ない」ってことを考えず、今から思えば、少々、無鉄砲でしたね。

    サンノゼのジャパンタウンには、「ごんべい」と云う定食屋さんがあって、日本人に大人気だとか。
    権兵衛さんのニックネームの由来なのでしょうかね?
     

  4. 権兵衛 より:

    1977年12月31日にサンノゼを離れ、31日の夜はオレゴン州のどこかの町に泊まりました。真夜中警笛をワーワー鳴らして走る一団がいました。大晦日に騒ぐのですね。
    1978年1月2日からシアトルで9か月生活しました。シアトルのワシントン大学で仕事をするためでした。着いた時、丁度ワシントン大のアメフトチーム(ハスキーだったかな)がパサデナで行われたオレンジボウルに勝ったので、町中騒いでいました。
    ワシントン大のキャンパスはとてもきれいでした。いつかお見せしましょう。

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